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灯明祭り。KANEMATSUで「ガラスの動物園」のリーディングを見てきた。 「ガラスの動物園」と言えば、病弱な少女の淡い初恋物語という形の紹介しか知らずに観に行ったのだが、それは全く違っていて、すっかり打ちのめされて私は会場を後にしたのだった。 作者はテネシー・ウィリアムズ。「欲望という名の電車」で知られるアメリカの戯曲作家。「ガラスの動物園」は彼の自伝的作品であるとされる。 登場人物は4人。 高校を出てから6年間、足がほんの少し不自由で、気弱なあまり世間に出て行くことができないでいるローラ 倉庫で働きながら仕事中も詩を書き続ける、その弟トム 裕福な少女時代を過ごしたものの、結婚後夫に出て行かれてしまい、将来に不安を、現状に不満を持つ母アマンダ。 そしてローラのひそかな初恋の対象であり、倉庫でのトムの同僚であるジム。 アマンダはローラの行く末を案じ、トムに未婚の同僚を食事に呼ぶ様に言いつける。やってきたのが初恋の相手だと知って驚きとまどうローラ。ジムは彼女に、己を過小評価するな、君にも長所はある、君は誰とも違っていると励ましキスするが、自分には婚約者がいるから君とはもう会えないと言って去っていく。 悲嘆にくれるアマンダ。そして父親と同じように家を出ていくトム。 「でもどこに行っても僕はローラが蝋燭を手に僕の側に立っているのを感じる。そして世界は今、大きな稲妻に照らされている。蝋燭を吹き消してくれローラ!」 トムの叫びと共に幕は下りる。 作者テネシー・ウィリアムズにはローズという姉がいたが、彼女は精神異常とされ、両親によりロボトミー手術を受けさせられた。彼は生涯そのことで両親を許さなかった。名声を得た後は彼女を一流の病院にいれて面倒をみたという。 ロボトミー手術はその時代に流行した手術法だ。前頭葉に傷をつけることにより、自主的な意思をなくしてしまう。ヒステリーや暴力的行為をおさえる効果が喧伝され多用されたが、はたして当事の「精神病」の診断がどのようなものであったか。 テネシーの姉ローズがどれほどの「精神病」であったか私は知らない。ただ、作中でローラがジムにつけられるあだ名「ブルーローズ」が、テネシーが姉に捧げた名前であったことはわかる。どこにもない花。唯一の、美しい花。 アメリカ文学において「純粋であること」はしばしば大きなテーマだが、他の国と違い、かの国でそれはただ讃えられるためとしては描かれない。それは破滅の予兆なのだ。 純粋さは必ず傷つけられる。ローラの大事なガラスのユニコーンはその角を折られ、トムは彼女を守ることも忘れ去ることもできない。 そんな作品を書いたテネシー・ウィリアムズが何故人気作家となりえたか。それはそのテーマにアメリカが深く共鳴したからであろう。思えばかの国はその歴史そのものが、純粋さを踏みにじる過程ではなかったか。 純粋な大地を踏みにじって作られた国家の中で、まるで呪いのようにそれは繰り返されていく。母アマンダの幸せな少女時代が現実の中で踏みにじられ、娘ローラのそれがまた同様であるように。 「ガラスの動物園」はテネシー・ウィリアムズが姉の為に書いた鎮魂歌とも言われているそうだ。確かにこの作品の中で彼は彼女を再び生かし、救おうとしている。 しかしその企ては失敗する。それは彼が、現実には彼女が救われていないことを知っているからだ。 だからこそこの作品は私の胸を打つ。彼が彼女が救われていないことを知っていること、いくら書いてもそれを忘れられないこと、それこそが彼の愛情だと思うから。 「でもどこに行っても僕はローラが蝋燭を手に僕の側に立っているのを感じる。そして世界は今、大きな稲妻に照らされている。蝋燭を吹き消してくれローラ!」 そして更なる破滅の予感。忘れられない悲劇。 この言葉が、311後の私達の世界でも叫ばれていないとは誰が言えよう。 今「ガラスの動物園」に涙する私もまた、彼の作品に共鳴したアメリカ人が知っているように知っている。純粋さが踏みにじられることを。 純粋な大地は私達の手によって汚された。そしてこれからも汚され続けていく。死者は積み重なり、その記憶は亡霊のように私達の側に立ちすくむ。 私達も忘れまい・・・大地が汚されたことを。その悲しみを。 救われないことが愛だとするなら、多分それが私達への罰なのだ。 最後に。演者の皆さん、企画した皆さんに拍手を。 今までリーディングというのは、未完成な舞台のことを指すのだと思っていましたが、そうではなかったのですね。演者が本を手に持つことにより、あの舞台と客席の間にはテネシー・ウィリアムズが佇んでいました。
暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた Living in a world where violence appears so beautiful a thing, I can do nothing but sing lullabies all the day long. 歌人・齋藤史が戦争中長野に疎開して以来終生この地に住んだことを、読んでいた筈なのに忘れていた。 首都圏から疎開してきてもうすぐ八ヶ月になる今まで。 ずっと危険だと、いつか大変なことになると言われ続けても、時折批判的に口にするだけで何もしようとはしなかった。 結果、私は今ここにいて、どうしてこうなったのか考えながら、自分に出来ることを今更ながら探している。 思うのは、 戦争は終わっていなかったということと 戦争の暴力は皆同じ信頼に根ざしているのではないかということ。 ネチャーエフが「革命家の教理問答集」でヒロイックに、ある意味美しく歌い上げた、次世代によりよい社会を贈る為に「自らの(そして他者の)犠牲は厭わない」という宣言は、廃墟の上に「健全な次世代」が発育するであろうという無根拠な期待の上に成り立っている。 その無根拠な期待は或いはそのまま、今まで世界中で落とされた爆弾の根拠にもなっているのではないか。 どんなに荒廃した世界でも母親たちはひねもす子守唄を歌うであろう、ガイアは復活するであろうという無邪気な信頼・・・。 日本はアメリカの支配下にある。敗戦後ずっと。 政治の最先端にある人々には、それは一般市民が思うよりはるかに痛切な認識なのではないか。 それを覆すには戦争しかない、と彼らが思っていること。 その為には武器が必要だ、と彼らが思っていること。 それは私の想像だ。 そして、その戦争で幾万の人々が犠牲になっても、母親たちは子守唄を歌い続け、健全な子供達が育成されるであろうということ。 それは(おそらくは)彼らの想像だ。 ここ長野で、私は今お母さんたちと協力して子供を守ろうと、守りたいと思っている。 でも守りきれるかどうかはわからない。そして自分で子供を持つ自信がない。 「Everything is beautiful, and nothing hurt.」 ドレスデンの爆撃で心に大きな傷を負った青年兵のその後を描いた小説「スローターハウス5」に書かれた美しい言葉。爆撃後、主人公ビリーは何事もなかったように歌う小鳥を目にする。 でも放射能はその小鳥をも殺す。今私が故郷福島に帰ったら、私はこう呟くだろう。Everything is beautiful, and everything hurt と。
先週末のことだけれど、彼の友人が遊びに来ていて、その彼の希望で信濃美術館、東山魁夷館、あずみ野いわさきちひろ美術館と二日間で三館まわった。 震災後、私は美術館に行く気がまったくしなくなって・・・それが何故か、ちゃんと考えてみることはなかったのだけれど、はからずも直面させられた二日間だった。 信濃美術館で開かれていたのは、大原美術館コレクション展。有名な絵がたくさん。 児島虎次郎の「朝顔」は印刷物でいろんなところで紹介されている作品だけれども、現物の明るさは印刷では出ていないように思う。輝かしい日の光、朝日に開いたばかりの花と若い女性。描いている児島はこの時点で三十代だったそうだが、描いている側の若さ、描かれている側の若さ、眩しさが絵の中で共鳴しあっている。素晴らしい作品。 絵を観ると、私はその絵を描いたひとのことを考える。 絵を描くことは、世界を、時間を、この手にしっかと捉えようとすることだ。 移り行く不確かなそれを、今この時を永遠のものに、自分のものにしたい。自分の手で世界を作りたい。自分の見ている世界を、この世界に定着したい。 そんな欲望と抗いが絵の中には潜んでいる、はずだ。 熊谷陽一の「陽の死んだ日」。死んだ子供の枕辺で描かれた絵。今この時この瞬間、この世界をわがものにして止めよう、永遠に、今! その烈しさ。 そんな画家たちの戦いの跡を前にして、私はどうしても震災のことを考える。 震災で消えたもの、消えていくだろうこの先の未来、そしてその原因を作った人々。 彼らにとって世界とはなんだろう。多分、自分がその前にたつもの、直面するものではなく、自分の戦いの平野(フィールド)でしかなかったんじゃないだろうか。彼らの目に世界は見えていただろうか。 百年前に描かれた畑の積みわらにはセシウムは付着していなかった。 ここにあるのはすべて過去なのだ。 東山魁夷館で見た彼の絵には、世界との対立なんてものも、自分の目へのこだわりもなかった。 彼にとって世界と自分との間には何の境もなかっただろう。屈託のない素直な絵。 「近代的自我」は輸入品だったとはよく言われるが、日本人の多くが自然の中に埋没する我、に未だ郷愁を持っているのが、その人気から伺われた。 そしていわさきちひろ美術館。たくさんの、子供たちの絵。 この先日本では、そして世界中でも、20世紀の恐ろしい遺産―放射能により健康を害する子供がたくさん出るだろう。 噂どおり安曇野は線量が高めだった。放射性物質は、この美術館の美しい庭にも降り積もっているのだ。 この先、ひとびとはどんな絵を描くのだろう。 私はそれに向かい合えるだろうか。 この痛ましい世界と。
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