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暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた Living in a world where violence appears so beautiful a thing, I can do nothing but sing lullabies all the day long. 歌人・齋藤史が戦争中長野に疎開して以来終生この地に住んだことを、読んでいた筈なのに忘れていた。 首都圏から疎開してきてもうすぐ八ヶ月になる今まで。 ずっと危険だと、いつか大変なことになると言われ続けても、 時折批判的に口にするだけで何もしようとはしなかった。 結果、私は今ここにいて、どうしてこうなったのか考えながら、自分に出来ることを今更ながら探している。 思うのは、 戦争は終わっていなかったということと 戦争の暴力は皆同じ信頼に根ざしているのではないかということ。 ネチャーエフが「革命家の教理問答集」でヒロイックに、ある意味美しく歌い上げた、 次世代によりよい社会を贈る為に「自らの(そして他者の)犠牲は厭わない」という宣言は、廃墟の上に「健全な次世代」が発育するであろうという無根拠な期待の上に成り立っている。 その無根拠な期待は或いはそのまま、今まで世界中で落とされた爆弾の根拠にもなっているのではないか。 どんなに荒廃した世界でも母親たちはひねもす子守唄を歌うであろう、ガイアは復活するであろうという無邪気な信頼・・・。 日本はアメリカの支配下にある。敗戦後ずっと。 政治の最先端にある人々には、それは一般市民が思うよりはるかに痛切な認識なのではないか。 それを覆すには戦争しかない、と彼らが思っていること。 その為には武器が必要だ、と彼らが思っていること。 それは私の想像だ。 そして、その戦争で幾万の人々が犠牲になっても、母親たちは子守唄を歌い続け、健全な子供達が育成されるであろうということ。 それは(おそらくは)彼らの想像だ。 ここ長野で、私は今お母さんたちと協力して子供を守ろうと、守りたいと思っている。 でも守りきれるかどうかはわからない。そして自分で子供を持つ自信がない。 「Everything is beautiful, and nothing hurt.」 ドレスデンの爆撃で心に大きな傷を負った青年兵のその後を描いた小説「スローターハウス5」に書かれた美しい言葉。爆撃後、主人公ビリーは何事もなかったように歌う小鳥を目にする。 でも放射能はその小鳥をも殺す。今私が故郷福島に帰ったら、私はこう呟くだろう。Everything is beautiful, and everything hurt と。
先週末のことだけれど、彼の友人が遊びに来ていて、その彼の希望で信濃美術館、東山魁夷館、あずみ野いわさきちひろ美術館と二日間で三館まわった。 震災後、私は美術館に行く気がまったくしなくなって・・・それが何故か、ちゃんと考えてみることはなかったのだけれど、はからずも直面させられた二日間だった。 信濃美術館で開かれていたのは、大原美術館コレクション展。有名な絵がたくさん。 児島虎次郎の「朝顔」は印刷物でいろんなところで紹介されている作品だけれども、現物の明るさは印刷では出ていないように思う。輝かしい日の光、朝日に開いたばかりの花と若い女性。描いている児島はこの時点で三十代だったそうだが、描いている側の若さ、描かれている側の若さ、眩しさが絵の中で共鳴しあっている。素晴らしい作品。 絵を観ると、私はその絵を描いたひとのことを考える。 絵を描くことは、世界を、時間を、この手にしっかと捉えようとすることだ。 移り行く不確かなそれを、今この時を永遠のものに、自分のものにしたい。自分の手で世界を作りたい。自分の見ている世界を、この世界に定着したい。 そんな欲望と抗いが絵の中には潜んでいる、はずだ。 熊谷陽一の「陽の死んだ日」。死んだ子供の枕辺で描かれた絵。今この時この瞬間、この世界をわがものにして止めよう、永遠に、今! その烈しさ。 そんな画家たちの戦いの跡を前にして、私はどうしても震災のことを考える。 震災で消えたもの、消えていくだろうこの先の未来、そしてその原因を作った人々。 彼らにとって世界とはなんだろう。多分、自分がその前にたつもの、直面するものではなく、自分の戦いの平野(フィールド)でしかなかったんじゃないだろうか。彼らの目に世界は見えていただろうか。 百年前に描かれた畑の積みわらにはセシウムは付着していなかった。 ここにあるのはすべて過去なのだ。 東山魁夷館で見た彼の絵には、世界との対立なんてものも、自分の目へのこだわりもなかった。 彼にとって世界と自分との間には何の境もなかっただろう。屈託のない素直な絵。 「近代的自我」は輸入品だったとはよく言われるが、日本人の多くが自然の中に埋没する我、に未だ郷愁を持っているのが、その人気から伺われた。 そしていわさきちひろ美術館。たくさんの、子供たちの絵。 この先日本では、そして世界中でも、20世紀の恐ろしい遺産―放射能により健康を害する子供がたくさん出るだろう。 噂どおり安曇野は線量が高めだった。放射性物質は、この美術館の美しい庭にも降り積もっているのだ。 この先、ひとびとはどんな絵を描くのだろう。 私はそれに向かい合えるだろうか。 この痛ましい世界と。
「小扇」でしか知らなかった詩人:津村信夫。「異空間軽井沢」(堀辰雄周辺の軽井沢の文学シーンを語った本)で作品の背景を知って興味がわき、全集をとりあえず2冊借りてきてみた。といっても全3冊なのだけれど・・・。彼は三十代半ばで夭折しているのだ。 「小扇」の背景にあった、つれない男爵令嬢と薔薇屋敷と呼ばれる屋敷に住む富豪の次男(彼)との恋ともつかぬもの、は、彼が後に思い出を書き綴った小品「みるきい・うゑい伝説」(彼は彼女にミルキィ・ウェイという名を奉げている)を読むに、ああウィンプスターね、はいはい、という感じだったのだけれど、意外にその他の、軽井沢時代以降の彼の散文が面白く、描かれている土地の近くに偶然にも現在住んでいる者として楽しめている。百年前の長野、戸隠。 「小扇」は以下。 _______________________________ 小扇 ― 嘗つてはミルキイ・ウヱイと呼ばれし少女に ― 指呼すれば、国境はひとすぢの白い流れ。 高原を走る夏期列車の窓で、 貴女は小さな扇をひらいた。 _______________________________ あれが国境ですよと指差してみせても、何も応えず、ただ扇をひらくだけの彼女。 ちっとも微笑まないくせに、ひとの言うことなすことには「可笑しい」と言う彼女。 何も言わずに、女学校を卒業するなりたった一度のお見合いで、さっさと年上の男性との結婚を決めてしまった彼女・・・。 「みるきい・うゑい伝説」を読むと、彼女が一種の絶望・・・良家の子女である自分には何の自由もありはしないのだ、という諦念に囚われていて、それゆえに「詩人になります」と無邪気に言い切る彼を、嫉妬と軽蔑と、たぶんプライドの高い彼女には認められないだろう幾らかの羨望、そして憧憬を持ってみていたであろうことが伺えるのだけれど、おそろしいことに、彼女が去って後その「みるきい・うゑい伝説」を書いた彼は、そんな彼女の姿を描いてなお、彼女の心がわかってないのだった(!) みるきい・うゑいが文学や絵画の趣味を持っていたとはどこにも書かれていない。おそらくは特別な趣味はもっていなかったのだろう。「この世の外」に飛翔する術を持たなかった彼女は、子供を産んだ後、若くしてあっさりと死んだという。 散文集「戸隠の絵本」で描かれる、戸隠山中に住む女性は長い冬の生活の楽しみについて 「女の人達は何をしてゐるのです」 と問われ、「一寸面食らった様子で」 「女の衆にね、女に楽しみなんてありませうか」 と答える。 何処でだったか、昔の日本女性には 「すべてあきらめているがゆえに、すべての夢が手付かずでいる美しさ」 があったと読んだことがある。 自身も夢半ばで斃れた津村信夫が描く人々には、男女関わらずそんな、 障子がしめきられた薄暗い部屋で床の間に飾られた壷の、ほんのり光る肌のような美しさが確かにあるのだった。
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